神引き!いい買い物!
毎回毎回暗い話題ばっかだし、たまには楽しいお話も描きたい今日この頃。
あたしには小学生頃から大好きなコンテンツがありまして…アイドリッシュセブンというものなのですが。
その中の主な登場人物(よくグッズ化されるキャラクター)は全16人で、
ランダムの色紙が出てくるガチャガチャがアニメイトに置いてあったのです。
しかもこれまた絵柄がとてつもなく良い。
16人の中でも特に2人大好きでたまらない人がいるので出ないだろうけど2回引いたのです。
そしたら!!!そしたら!!!
なんと大当たり16人の中の特に好きな2人ぶち抜いて軽くパニック起こして状況を飲み込めませんでしたマジで嬉しい。
ルンルンでアニメイトを出る頃、何故か手には先程のガチャガチャで得た大好きな六弥ナギくん、御堂虎於くんと、いつの間にか購入していたとてつもなく顔の良い及川徹さんが握りしめられておりつくづくアニメイトは怖いなと思うあたしでした。
ではまた。
無題
どうしたらいい、どうしたらあんな人間にならずに済むんだろう
20歳ってそんなにすごい?ただ気づいたら20歳になってただけで別に何も変わらない
家にいるのが辛い死にたいもう殺して欲しい
家出たらそれで話は終わるんだけど自立できない自分が嫌で自己嫌悪に陥る
何をどう意識すれば親みたいな人間にならずに済むの、
自分ももし親になったらああなってしまうのか叩いて暴言浴びせて何も褒めずに育ててしまうのかあたしがもし結婚したら怒鳴りあいの喧嘩ばかりして離婚だ、出ていけ、出ていくなんて言葉を交わしてしまうのだろうか
早く死んでしまいたい
親
あたしはこの家が大嫌い。
あたしにとって大好きで大切な家族はお姉ちゃんだけだ。
そりゃあもちろん、育ててもらったことに感謝はしているけれど子供を作ってしまって産んでしまったのだから育てるのは普通だと思ってしまう自分がいるのは置いておいて。
小さい頃から母親も父親もお仕事が忙しくてあたしはずっとお姉ちゃんと一緒にいたりおばあちゃんの家に居たりしたからあまり記憶にないけれど、母親には、目障りだからどこかに行けと言われたり使えないやつだな、こんなのも出来ないのかなどなど色んな暴言も吐かれてきたし、叩かれる事も少なくなかった。
父親なんて今は落ち着いている方ではあるけど昔は機嫌が悪くなると怒鳴り散らしたり、突然説教が始まってあたしの事を最低な人間だ、カスだとつらつら述べ出したりする。
あたしにはこれからもずっと一緒にいたいと思う恋人がいるけれど家族という括りが怖くて、恋人から夫婦になるというのは今後結婚、出産など考えるということにもなると思うし、自分の親の不仲さや子供に対する扱いを見るとこんなことになりたくないから結婚もしたくないし子供も作りたくないと思ってしまう。
恋人のことを信用していない訳じゃなくて、あの人間の血が入った自分が親になることを考えたくない。
でも、そんなのまだ考える歳じゃないって言ってくれる人も居て、少し安心している自分もいる。
あと5年、6年くらい経てば考え方も変わるのかなあ。
あたしは、あたしの血が入っている子供を可愛がってあげることは出来るのかな。障害は遺伝しないで産まれてくれるのかな。不安なことばっかりで今はまだ何も考えられないけどふと頭に浮かんだ。
これからも大嫌いな両親を反面教師にして生きていこうと思っている。
あたしを産んでくれて、20歳まで育ててくれてありがとう。
ではまた。
二十歳
お久しぶりです。
あたしもとうとう二十歳になってしまいました。成人式で振袖も着ないし、前撮りもしてません。少しでも写真とか残したくないので。
二十歳になったからって別にあたしの環境が良くなった訳もなく、ただ酒が飲めるようになっただけでずっとずっと息苦しい家で過ごしている今日この頃ですが。
ことある度に母親から言われる言葉があります。「もう二十歳なんだからちゃんとしなさい」ちゃんとの意味もわからずに何を言えばいいのか分からなくなります。
自分ではできているのになんで周りから見たらできていないんだろう。すごく辛い。意味がわからない、ちゃんとって何。ちゃんとしてるよ、ちゃんと生きてるよ、死のうとしないでちゃんと毎日仕事してるよ、どうすればいいの?
ずっとこのままちゃんとしていない人間として周りの人の目に写ってしまうのがすごく怖い。
父親違いのお姉ちゃんの子供が家に遊びに来る日がどんどん近くなってきて、すごく嫌です。
多分、父親と母親の優しい顔が見るのが嫌なんだと思います。自分には向けられてこなかった言葉も顔も全部見たくないんだと思います。
そりゃあ孫だし当たり前なんだろうけど、辛いです。
毎日毎日死にたくなるけど今日も明日も頑張って生きています。いつも以上に文章が汚くてごめんなさい。
ではまた。
ちょっとだけ思い出すこと
今はもう一切連絡をとっていない人のことを最近よく思い出してしまう。
その当時は好きだったのかもしれないけれど、今は別に好きという感情が湧いている訳では無い。ただちょっと、思い出すだけ。
なんかそんな題名の映画あったなあなんて思った。
会ったこともないし本名も知らない。彼のことは何も知らなかったと言っても過言ではないと思う。
でも、さみしくなったら電話をしたし、酔っ払ったら電話をかけてきてくれた。
どちらかが寝ちゃうまで電話を繋いでいた。
朝起きておはようって言ったこともあったと思う。もう随分前のお話だからぼやけてきているけど、楽しかったし、電話を待っていたあたしがいたのは覚えている。
その人は色々な楽器が弾ける人だった。
ピアノ、ギター、ベース。
電話しながら好きな曲何かある?と聞かれたから曲名言ったら、その人は、わかった、練習してみる!と言い、電話中に練習してベースを聴かせてくれたりした。
それが凄くかっこよくて、なんだかずっとその人のことが頭から離れなくなった。
所詮はネットの繋がりだから。
いつ関係が終わってしまうかわからなかったから、少しでも長くお話していたいと思ってあたしもベースを買った。
あたしもやってみたくなったから買ったよ!なんてメッセージを送って。
その人には、彼女がいた。
連絡取り始めの頃は知らなかったけど、長く付き合っている彼女がいるらしかった。
最初からただの友達で、あたしに気がないってことは分かってはいたけれど、何故か凄くショックだった。
それから別に連絡頻度が減るわけでもなく、酔っ払ったらあたしに
お話し相手になってよ。と言い電話をかけてきていた。
でも、いつも通り電話は楽しかった。
そのうち、日に日に連絡頻度は落ちていき、電話もかかってこなくなってしまった。
Twitterのアカウントも気づいたら消えてしまっていた。
バイバイっていってからちゃんとお別れしたかっなあ。
あのとき勢いで買ったベースを見る度に思い出してしまう。
あたしのために弾いてくれたあの曲の動画はもう消えてしまったし、アカウントのQRコードの写真も消えてしまった。
声も忘れてしまったけどすごく優しい声だったような気がする。
いつか思い出さなくなる時は来るのだろうか?
一回も会ったことのない人なのにここまで印象に残ってしまうのが本当に驚く。
あのときはきっと、心の拠り所だったし、自分の中ですごく大切な人だったんだろうなあと思う。
今もどこかで元気に暮らしていたら良いな。
いつもよりぐちゃぐちゃな文章だったと思いますが、ここまで読んで頂きありがとうございます。
頭の中に出てくることを延々と書いていたら長くなってしまいました。
ではまた。
成人
あたしは今年の12月で20歳になるらしい。
特に何が変わる訳では無いけど酒が合法で飲めるようになるらしい。
どうやら振袖を着て写真を撮るのが一般的らしいがあたしは写真が嫌いだし、何よりも自分のことを写真に撮って保存して何になるのかが分からない。
ただのゴミになってしまうだけだと思う。
少しでもあたしが生きていた証拠は残しておきたくないという気持ちが大きかったけれど、母親には撮るの面倒だしお金かかるしとか適当なことを言って流した。
あたしが生きた証拠と言えば子供を作ることも絶対にないと思う。避妊はしているけど、もし万が一子供が出来てしまったとしたら堕ろしてしまうと思う。
あたしの血を受け継いだものが産まれてくると言うのが受け入れられないし、可哀想だと思ってしまうから。
100%で遺伝する訳では無い病気だけど、あたしより重い症状で発症してしまうかもしれない。
そうしたらきっとあたしは一生自分を好きでいられなくなってしまうし生まれた子を可愛がってあげられないと思う。
大嫌いな親の二の舞になってしまいたくないから。
結局あたしは自分のことしか考えられない。
年齢はどんどん上がっていくのに精神の成長は伴っていかないことに一生苦しまなきゃいけないのか。
なんてことを友達の前撮り写真を見て考えてしまいました。
早く寝よう。
ではまた。
うれしかったこと
あたしには今までで1番と言っていいほど嬉しかった瞬間がある。
事務所のオーディションでのこと。
今月末で契約解除だなあなんて思っていたら思い出してしまったので残しておこう。
とにかく何かしないと!何かになりたい!の精神で応募してみたオーディション。もちろん軽い気持ちではなかったけど、落ちたらまあそこまでなんだろうなとは思っていた。
1次審査はWeb上で志望理由、年齢、オーディションの受ける種類〜などなど記入するだけの簡単なものだった。あっさり通ってしまった。
まあ、これは誰でも通るのだろうなと思っていた。
2次審査はテレビ電話による歌唱審査であった。
好きな曲をアカペラで歌うとの事だった。1年以上前のことだが未だに忘れない。あたしはあろう事か歌詞を飛ばしたのだ。最悪の空気が流れる。あ、終わったな。と思った。
何とか歌詞を思い出して歌いきることが出来たが、あの一瞬がとても長く感じ、トラウマになるレベルで怖くなった。
自信のあるものでミスをすることが心の弱いあたしにとって落ち込む要素になることは確実だった。
しかも、自信のあるものの中で1番の歌で。とりあえず結果のメールを待っていたとき。
2次審査通過と書かれたメールが届いた。
あんな失態を犯して通るオーディションがあるのか?と疑問だったが全くオーディションの場数を踏んでいないあたしはすごく嬉しかった。
3次審査はスタジオでの楽曲録音だった。
THE FIRST TAKEのような雰囲気で目の前にはマイクと歌詞しか置かれていない部屋のなか、歌う審査だった。
プロの使う機材の前で歌えることが本当に嬉しくて怖くて、どんな感情か分からなくなるくらい手足が震えていた。
でも、いざマイクの前に立ち、歌う曲のイントロが流れてくると自然と緊張が解けていき、いつも通りの最高の、歌を歌うことが出来た。
歌い終わったあと、すごく気持ちが良かった。あたしと音響設備前にいるスタッフさんにしかあたしの歌声は聞こえていないのだけど、あたしの今出せる全部を出し切ることが出来た。
少し経ってから3次審査通過のメールが届いた。
嬉しかった。本当に。涙が出てきたし、びっくりして少し動けなかった。
なぜならこのオーディションの審査は3つで最後の4次審査は保護者も併せた面談だからだ。
まずい。親に言っていない。
まさか自分でもここまで来れるとは思っておらず1次審査が通った時から誰にも言ってはいなかったのだ。
電話で聞いてもやはり親がいないとダメとの事だったので怒られることを承知で親に話してみることにした。
案の定母親はあんたがそんなの受かるわけないでしょなどと言ってきたが姉はすごいね!一緒に着いて言ってあげる!と言ってくれたので渋々来てくれることになった母と姉とあたしの3人で面談をすることになった。
4次審査当日。
すごく雨が降っていて、気分が下がっていた。
行く時の道中もお前がそんなうまいこといくわけないやら聞きたくない言葉を投げてきていたが全て無視して事務所に到着した。
スタッフの人に今までの2次審査3次審査についての講評をしてもらっていたそのとき。
○○さんが1番ダントツで評価高かったんですよ。音楽の道のプロが合否を決めているのですが、ほぼ○○さんの歌声に○が付いていて本当にすごいです。
と言われた。すごく嬉しかった。今までの練習が報われて、無駄じゃ無かったんだと思えた。
レッスンで学べた素晴らしいことも沢山あるし、レッスン内で褒めてくれた先生や、仲間たちにもすごく感謝している。
これからもずっと、たくさん嬉しいことが重なっていけばいいなと思った。
ではまた。